解決事例集
事例15-インプラントの治療に際して、患者様からインプラント体埋入部位の痛みを繰り返し訴えられたが、抗生物質、鎮痛剤を処方するのみで、それがどのような痛みである等の問診をせず、痛みの原因について診断するということもしなかったため、患者様が担当歯科医師に対し損害賠償請求訴訟を提起した事例(大阪地判H15.1.27)
患者様は、20歳代前半ころから歯槽膿漏等のため歯を失うことが続き、平成8年には、上顎天然歯は、左右各1から3番までの範囲内に5本と、右8番の合計6本を残すのみとなった。
残されたそれら天然歯も、前部の5本が歯槽膿漏のためぐらつく状態で、局部床義歯にも不具合が生じていた。患者様は、同年8月ころ、インプラント治療に関する広告を見て以来、インプラント治療に関心をもつようになり、同年10月29日、被告歯科(個人病院)を受診した。
被告歯科を経営する担当歯科医師は、患者様の上顎にインプラント治療の適応があるものと判断し、前歯については、歯槽膿漏のためこれらを抜歯した上で、左右各4ないし6番の位置に合計6本のインプラント体を埋入し、これを支台として、そこに13本の歯冠部からなる本歯を装着するという方法をとるとの治療計画を立てた。
担当歯科医師は、患者様に対し、インプラントの術式等については詳しく説明したが、インプラント治療に伴うリスクについては、担当歯科医師の指示に従っていさえすれば、インプラント治療は必ず成功するかのような印象を与える説明の仕方をした。
担当歯科医師は、インプラント治療を開始し、これらを継続したが、時間が経過しても、インプラント体は上顎骨に結合しなかった。インプラント体の埋入は5回にわたって繰り返されたが、それでも上顎骨への結合が認められなかったことから、インプラント治療は、不成功のまま平成11年12月に終了した。担当歯科医師は、インプラント治療継続中、患者様からインプラント体埋入部位の痛みを繰り返し訴えられたが、抗生物質、鎮痛剤を処方するのみで、それがどのような痛みである等の問診をせず、痛みの原因について診断するということもしなかった。
そこで、患者様が、担当歯科医師(個人)に対し、損害賠償請求訴訟を提起した。
判決日 | 患者様の特性 | 請求額 | 認容額 |
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大阪地判 H15.1.27 |
男性 | 863万5千円 | 治療費 463万5千円 慰謝料 100万円 弁護士費用 56万円 |
争点 | 争点に対する判断 | ||
①インプラント治療の適応があったか、インプラント治療の適応を判断するのに十分な診察、検査が行われたか。 | 【インプラント治療の適応の有無】 <結論> 適応がなかったとはいえない <理由> 顎骨はインプラント体を埋入するのに十分な骨量を有していた。 【十分な診察・検査の有無】 <結論> 適応判断に必要とされる診察が尽くされていなかったとはいえない <理由> 担当歯科医は、治療に先立ち問診、視診、触診、パノラマレントゲン写真撮影、歯型採取を行っている。 |
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②インプラント治療の手技上の過失があったか。 | <結論> 過失があったとはいえない <理由> インプラント体埋入部位に開けられた穴が大きすぎたとはいえず、埋入方法も不適切であったとはいえない。 |
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③インプラント治療実施に当たっての説明義務違反の有無 | <結論> 説明義務違反がある <理由> 担当歯科医は、患者様に対し、治療が不成功に終わる可能性があることなどのインプラント治療の短所や、患者様におけるインプラント治療の成功確率を下げるような消極的要因を説明していなかった。 |
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④説明義務違反と患者様の精神的苦痛等との間の因果関係 |
<結論> 因果関係を肯定 <理由> 患者様がインプラント治療の短所について正確な知識を有していなかったこと、インプラント治療が成功しないリスクが大きかったことなどの事実に照らし、担当歯科医が説明義務を尽くしていれば、高額の治療費を支払ってまで治療を受けることはなかったであろう高度の蓋然性が認められる。 |