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解決事例集

事例18-矯正治療の際、歯髄炎が生じたとして、患者様が担当歯科医師に対し損害賠償請求訴訟を提起した事例(東京地判H15.6.11)

患者様は平成5年9月に初めて被告歯科医院を受診し、平成6年2月から4月にかけて、右上1番2番と左上1番2番の歯を削ったうえでセラミックス製の被覆冠(ジャケットクラウン)を被せる補綴的矯正治療を受けた。  
患者様は、矯正治療後の平成6年5月ころ、被告歯科医院の担当歯科医師に対して、ジャケットクラウンを被せた部分がしみると訴えたが、平成6年11月に噛み合わせの不調を訴えて被告歯科医院を受診して以降、平成8年6月までは被告歯科医院には来院しなかった。  
患者様は、平成8年6月になって、左上2番にしみる感じがすると訴えて被告歯科医院を受診し、担当歯科医師は、口内所見などから歯肉炎と診断し、ブラッシング指導を行った。患者様は、平成8年12月には、冷水を飲むと右上3番に痛みがあると訴えたので、担当歯科医師は、歯神経由来の痛みである可能性も考慮してレントゲン撮影を行い、次回の診察時に症状を確認して措置を検討することにした。  
患者様は、平成9年4月から8月にかけて、上前歯4本について、ピリピリ痛む、しびれる感じがあるなどの症状を訴えたが、異常を訴える歯が特定できないことや受診ごとに異なる歯に異常を訴えることもあり、歯肉炎の症状も消失していなかった。担当歯科医師は、歯神経の異常を疑いつつも、患者様の訴える症状が歯肉炎の症状とも合致しており、上前歯4本にう蝕が見られず、患者様の主訴からも歯神経に異常がある歯を特定できなかったことから、歯肉炎の治療を優先して行うことにした。  
患者様は、平成9年7月、他の医療機関において、右上1番と左上1番2番についてう蝕のない歯髄炎及び急性辺縁性歯周炎と診断され、平成9年8月、左上2番の抜髄を受けた。また、他の医療機関において、平成9年12月に左上1番の抜髄を受けた。           
患者様は、担当歯科医師に対し、損害賠償請求訴訟を提起した。

判決日 患者様の特性 請求額 認容額
東京地判
H15.6.11
男性
(昭和11年生)
7891万0751円 0円 (棄却)
争点 争点に対する判断
①担当歯科医師が補綴的矯正治療を行った際、歯を削りすぎたり注水量が少なすぎたりしたことで患者様に歯髄炎を引き起こしたか否か。 <結論>
担当歯科医師が補綴的矯正治療を行った際に、患者様に歯髄炎を生じさせたものとは認められない
<理由>
歯を削る際は、削りすぎを防止するため、削る深さを決めて切削用のバーを選ぶ方法がとられており、担当歯科医師もこれに従っている。注水量についても、一定量の水が自動的に噴出する構造になっており、機械が正常に作動していなかったとは認められない。
②担当歯科医師が補綴的矯正治療を行った際、歯を削る方法で矯正することや歯髄炎になる可能性があることを説明する義務があるか否か、説明義務があるとした場合、担当歯科医師はそれを怠ったか否か。 【歯を削る方法で矯正する点に関して】
<結論>
説明義務はあるが、担当歯科医師に説明義務違反はない
<理由>
担当歯科医師は歯列矯正と補綴的矯正治療の2つの方法があることを患者様に説明し、この説明を受けた患者様が補綴的矯正治療を選択したことが認められる。
【歯髄炎になる可能性がある点に関して】
<結論>
説明義務はない
<理由>
補綴的矯正治療を行った際に歯髄炎が発症することはまれである。
③担当歯科医師が補綴的矯正治療を行った際、患者様の歯に適合しないジャケットクラウンを被せた過失があるか否か。 <結論>
不適合なジャケットクラウンを被せたものとは認められない
<理由>
担当歯科医師は、患者様にジャケットクラウンを被せる際、フィットチェッカーを使用して適合性を確認している。
④担当歯科医師が患者様の症状を歯髄炎と診断せず抜髄をしなかったことに過失があるか否か。 <結論>
過失があったとはいえない
<理由>
・平成8年6月(通院再開まで):歯髄炎に罹患していたと認めることはできない
・平成8年6月~12月:患者様が訴えていた症状は歯肉炎の症状にも合致するものであった
・平成9年2月~8月:歯肉炎の所見が残存しており、患者様の訴える症状には歯肉炎の症状と合致する部分もあった。また、患者様が異常を訴える歯が特定していなかった以上の事情を考慮すれば、担当歯科医師が、歯肉炎の完治を待って歯神経に異常があるか否かを判断するという方針をとり、歯髄炎と診断して抜髄措置を行うことをせず、歯肉炎に対する治療を継続したことは、歯科医師としての裁量の範囲内である。
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