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解決事例集

事例22-治療の際に破折した金属バー破片の残置をめぐり、患者様が治療を担当した複数の歯科医師に対し損害賠償請求訴訟を提起した事例(東京地判H15.12.24)

患者様は、平成12年1月、被告歯科医院において、A歯科医師(大学病院口腔外科勤務の歯科医師で、被告歯科医院においても月1回程度診療を行っていた。)から、右下埋伏智歯を抜歯する処置を受けた。  
A歯科医師が抜歯のため智歯を削っていた際、歯を削る金属製のバーが破折し、A歯科医師は破折片を口腔内から取り除いて抜歯を継続したが、抜歯部を縫合するまでの間に、何らかの原因で、口腔内から取り除かれたバーの破折片が抜歯部に入り込んだ。しかし、A歯科医師は、破折片が抜歯部に入っていることに気付かず、抜歯部を縫合した。 平成12年3月ころ、抜歯部に残った破折片による反応性炎症により、患者様の右下顎部に直径10mmほどの腫脹が生じるようになった。患者様は平成12年4月に、被告歯科医院を受診してB歯科医師の診察を受けた。B歯科医師は、腫脹の原因として、顎骨炎やリンパ節炎を疑い、口腔内の観察、リンパ節の触診、オルトパントモグラフィー撮影を行った後、患者様に対し、下顎腫脹の原因はよく分からないので、大学病院を受診してA歯科医師に診てもらうように指示し、患者様にパントモ写真と診療情報提供書を渡した。 患者様は、平成12年4月に、A歯科医師が勤務する大学病院を受診してA歯科医師の診察を受けた。A歯科医師は、患者様の持参したパントモ写真を見て、右下智歯の抜歯部に金属片らしい異物があることに気づき、患者様に対してそのことを説明した。このとき、A歯科医師は、診察した患者様のことを、被告歯科医院で自身が抜歯をした患者様であるとは気づいていなかった。  
患者様は、平成12年4月、A歯科医師の勤務先とは別の大学病院において、バーの破折片を摘出する手術を受けたが、そのときは破折片を探り当てることができなかった。その後、患者様は、平成12年5月に2度目の摘出手術を受け、抜歯部からA歯科医師が遺留した破折片が摘出された。患者様の右下顎の腫脹は、平成12年3月末から徐々に増大し、発赤、排膿、圧痛なども生じるようになったが、破折片摘出後は徐々に沈静化した。しかし、現在も、外観からほとんど認識できない程度ではあるが、右下顎部に瘢痕が残っている。  
患者様は、A歯科医師、B歯科医師、被告歯科医院を開設するC歯科医師に対し、損害賠償請求訴訟を提起した。     

判決日 患者様の特性 請求額 認容額
東京地判
H15.12.24
女性
(昭和55年生)
1100万円 慰謝料 80万円
弁護士費用 10万円
争点 争点に対する判断
①B歯科医師に、A歯科医師が迷入させた破折片が抜歯部に存在することを認識したにもかかわらず、患者様にそのことを告げず、医療過誤を起こしたA歯科医師に診察を受けるよう指示した説明義務違反があるか否か。 仮に、B歯科医師が、患者様の抜歯部に破折片が存在することに気付いていなかったとすれば、破折片に気付かなかったことが診療上の過失となるか否か。 【説明義務違反の有無】
<結論>
説明義務はない
<理由>
B歯科医師は、右下顎部の腫脹が智歯抜歯を原因とするものであるとは考えておらず、歯根からの感染による顎骨炎等を疑っていたため、パントモ写真を撮影した際も、智歯抜歯部に写っている影に注意を払わず、患者様の抜歯部に破折片が存在することに気付いていなかった。
【診療上の過失の有無】
<結論>
B歯科医師の過失とはいえない
<理由>
バーの破折片が抜歯部に入り込むことは、通常ではあり得ない異常事態であり、パントモ写真上白い影を見つけても、それが右下顎部の腫脹を関連があると気付くことは必ずしも容易ではない。このことに加えて、B歯科医師が、歯科矯正治療を主に行っていた歯科医師であることも考慮すれば、B歯科医師が、下顎腫脹の原因は自身では分からないと患者様に告げて、口腔外科領域を専門とするA歯科医師の診察を受けるよう勧めたことは、歯科医師として相当な診療行為であったというべきである。
②患者様の慰謝料額 (なお、破折片を残置させたA歯科医師の行為に過失があったことについては争いがない) <結論>
肉体的精神的苦痛に対する慰謝料として、80万円を認めるのが相当である
<理由>
患者様は、バーの破折片を抜歯部内に遺留されたことによって、約2か月間にわたり、右下顎部に腫脹、発赤、圧痛、排膿などの症状を生じたこと、患者様が当時19歳の女性であり、腫脹が生じた場所が顔面に近い部分であったこと、口腔内の侵襲を伴う摘出手術を2回にわたって受けることになったこと、外観からはほとんど認識できない程度であるが瘢痕が残ったことを考慮。
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